SMAPの「森くん」として親しまれた森且行は、なぜ人気絶頂だった1996年にグループを脱退し、オートレーサーへの転身を決断したのでしょうか。その答えを知るうえで欠かせないのが、幼い頃から抱き続けた夢と、SMAPのメンバー5人との間に交わした約束です。
2020年11月3日、森且行はSG第52回日本選手権オートレースで初優勝し、長年目指してきた日本一の称号を獲得しました。しかし、そのわずか82日後の2021年1月24日に落車事故で重傷を負います。約2年3か月の療養を経て2023年に復帰し、2026年8月には復帰後初優勝も達成。2026年10月時点の最新の選手成績とともに、SMAP脱退の真相、現在のレース活動、メンバーとの絆を時系列で整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 脱退の理由:1996年5月、22歳で幼い頃からの夢だったオートレーサーへの転身を決断した。
- 日本一への約束:2020年11月3日にSG日本選手権で初優勝し、SMAPのメンバーと交わした「お互い日本一になろう」という約束を果たした。
- 2026年の現在:2021年の大けがから復帰し、2026年8月3日に復帰後初優勝。10月21日時点の選手データでは通算755勝を記録している。
【森くんがSMAPを脱退した理由】人気絶頂の1996年に選んだ道
森且行がSMAPを脱退したのは1996年5月です。当時22歳。SMAPは1991年にCDデビューを果たし、テレビ番組への出演などを通じて人気を拡大していました。1996年4月には、後にグループを代表する番組となる『SMAP×SMAP』もスタートしています。
グループが大きく飛躍しようとしていた時期に、森は芸能界を離れる決断を下しました。周囲にとっては驚きの選択でしたが、本人が目指していたのは、子どもの頃から憧れていたオートレーサーになることでした。
転身のきっかけは、諦めかけていた夢への最後のチャンス
森のオートレーサー転身については、スポーツ紙や芸能メディアの過去の取材記事で、選手養成所の受験資格をめぐる事情が紹介されています。身長制限が従来の170センチから175センチに緩和されたことで、森にも受験の道が開けました。年齢制限の面でも最後のチャンスとなる時期だったことが、決断を後押ししたと伝えられています。
森は養成所の試験を受ける際、周囲に広く知らせていたわけではありませんでした。受験や合格に関する情報が報道されたことで、SMAPのメンバーや事務所関係者も転身の可能性を知ることになります。人気グループの一員として活動を続ける選択肢があるなか、森はレーサーになるという目標を優先しました。
この経緯から読み取れるのは、脱退の中心的な理由が、メンバー間の対立というよりも、本人が長年抱いてきた夢の実現だったということです。一方、周囲にとって簡単に受け入れられる決断ではなかったことも、当時の報道からうかがえます。
1996年5月7日の記者会見に中居正広が同席
森の脱退を語るうえで欠かせないのが、1996年5月7日に行われた記者会見です。この会見では、中居正広が森に付き添いました。後年の芸能報道では、森の決断を受け止める中居の姿や、会見の場を和らげようとした対応も紹介されています。
中居にとっても、6人で活動してきたSMAPからメンバーが離れることは大きな出来事でした。2015年のテレビ番組では、森の脱退時にグループを5人で続けるべきか悩んだことを振り返っています。それでもSMAPは活動を継続し、5人体制で国民的な人気を確立していきました。
つまり、森の脱退は単なるメンバー交代ではありません。本人にとっては夢を追うための決断であり、残されたメンバーにとってはグループの未来を考え直す転機でもあったのです。
【1996年から2026年まで】森且行の経歴と実績を年表で整理
森且行の歩みを理解するには、SMAP時代とオートレーサーとしての活動を分けて考えると分かりやすくなります。アイドルから競技者への転身、SG初優勝、大けが、復帰、そして2026年の復活優勝まで、主な節目をまとめました。
| 時期 | 出来事 | 意味・実績 |
|---|---|---|
| 1988年 | SMAP結成 | 6人組のメンバーとして芸能活動を開始 |
| 1991年9月 | SMAPがCDデビュー | 音楽活動を本格化 |
| 1996年5月 | SMAP脱退 | オートレーサーへの転身を決断 |
| 1997年7月 | オートレーサーデビュー | 川口所属の25期生として競技生活を開始 |
| 2020年11月3日 | SG日本選手権で初優勝 | SG初制覇を達成し、日本一の称号を獲得 |
| 2021年1月24日 | レース中の落車事故 | 腰椎破裂骨折や骨盤骨折などの重傷を負う |
| 2023年4月6日 | 川口オートで復帰 | 約2年3か月ぶりのレースで復活勝利 |
| 2024年 | S級復帰・ドキュメンタリー公開 | 競技者として再び上位ランクを目指す |
| 2026年8月3日 | 復帰後初優勝 | 約5年9か月ぶり、通算33回目の優勝 |
| 2026年10月21日時点 | 最新の選手成績 | 現行ランクS-35、通算755勝 |
この年表で注目したいのは、1997年のデビューから2020年のSG初優勝まで、約23年の競技生活を積み重ねている点です。芸能界で知名度を得た人物が競技者に転身しても、その知名度だけで勝てるわけではありません。養成所での訓練、レース経験、車両の整備、競走技術の向上を重ねた末に、最高峰のSGタイトルへたどり着きました。
年表の実績は、日本のオートレース公式情報、報道各社の競技記事、オッズパークの選手成績などをもとに整理しています。特に2026年の数値は更新される選手データに基づくため、過去のプロフィール記事に掲載された通算成績とは異なる場合があります。
【2020年SG日本選手権優勝】SMAPメンバーと交わした約束の意味
森且行のキャリアにおける最大の節目の一つが、2020年11月3日のSG第52回日本選手権オートレースです。舞台はホームバンクの川口オートレース場。森はデビューから長い年月を経て、ついにSG初優勝を達成しました。
SGはオートレースの最高峰に位置づけられるグレードです。日本選手権で優勝することは、単に一つの大会を制する以上の意味を持ちます。森にとっては、幼い頃から追い続けてきた夢と、SMAP時代に仲間と交わした約束が重なる瞬間でもありました。
「お互い日本一になろう」という約束
森は後年、SMAPを辞めるときにメンバーと「お互い日本一になろう」と約束したことを語っています。アイドルとして活動を続ける5人と、オートレーサーとして新しい道を歩む森。それぞれの進む方向は違っても、日本一を目指すという目標は共通していました。
脱退から24年後の2020年、森はその約束を果たしました。優勝後には、木村拓哉、中居正広、稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾の5人が、それぞれ祝福のメッセージを寄せたことがスポーツ紙や芸能メディアで報じられています。
森もテレビ番組で、メンバーからの祝福に喜びを示しました。長い年月をかけて獲得した日本一の称号を、かつて同じグループで活動した仲間に伝えられたことは、競技上の成果だけでは測れない出来事だったはずです。
2014年の直筆メッセージと中居正広とのつながり
森とSMAPのつながりは、2020年の優勝で突然生まれたものではありません。2014年7月の『武器はテレビ。SMAP×FNS 27時間テレビ』では、森がメンバーに宛てた直筆メッセージが番組内で紹介されました。脱退を受け入れ、温かく送り出してくれたことへの感謝がつづられ、メンバーが涙を見せたことも報じられています。
このメッセージでは、中居が脱退を決めてからも心配してくれたことや、記者会見に同席してくれたことへの感謝も伝えられました。最後にはSMAPへの強い思いが示され、離れて暮らすようになってからも、メンバーとの関係が森にとって特別なものであることがうかがえました。
2020年の優勝後には、中居から電話で祝福を受けたことも報じられています。脱退会見に付き添った中居が、24年後には日本一を達成した森を祝福する。この時間の流れは、2人の関係を振り返るうえで印象的です。
ただし、こうした交流をSMAPの再結成や、6人での活動再開が決まったことと結びつけるのは早計です。公に確認できるのは、祝福やメッセージ、個々の交流です。現在の関係を知る際は、実際に報じられた出来事と、ファンの期待や推測を区別する必要があります。
【2021年の落車事故から2023年の復帰へ】森且行を襲った大けが
SG初優勝からわずか82日後の2021年1月24日、森はレース中に落車事故に遭いました。飯塚オートレース場で行われたGⅠ開設記念レースでの事故で、腰椎破裂骨折や骨盤骨折などの重傷を負いました。治療とリハビリは長期に及び、複数回の手術も必要となりました。
当時の報道では、事故や手術の影響による両足のまひについても本人が語っています。SG制覇という大きな目標を達成した直後に、再び競走車に乗れるかどうかさえ見通せない状況に置かれたのです。
約2年3か月のリハビリを経て、川口オートで復帰
オートレース公式サイトは、森が2023年4月6日から10日まで開催された川口オートレース場のレースで復帰すると発表しました。実際に復帰を果たしたのは4月6日。第9レースに出場し、約2年3か月ぶりの実戦で勝利を収めました。
復帰戦を勝利で飾ったからといって、事故前の状態にすぐ戻れたわけではありません。復帰までには、手術やリハビリに加え、競走車で練習を重ねる段階的な準備がありました。復帰後も身体の状態と向き合いながら、レースで結果を残すための調整を続ける必要がありました。
2024年にはS級へ返り咲き、日本選手権の舞台にも再び戻っています。MBS『情熱大陸』の2024年11月17日放送回では、足に後遺症が残るなかで、もう一度日本一を目指す森の姿が取り上げられました。
2026年8月、復帰後初優勝を達成
2026年8月3日、森は川口オートレース場のナイトレース優勝戦で優勝しました。これは2020年11月3日のSG日本選手権以来、約5年9か月ぶりとなる優勝であり、2023年の復帰後では初めての優勝でした。オートレース公式のニュースでは、優勝までの期間が2099日と紹介されています。
ただし、レースの決着には補足が必要です。森は優勝戦で2着に入線し、先頭でゴールした選手が反則妨害によって失格となったため、繰り上がりで優勝が決まりました。これは公式記録上の優勝ですが、森自身が先頭でゴールしたレースだったと説明するのは正確ではありません。
この優勝は通算33回目。大けがからの復帰後、何度も優勝戦に進みながら届かなかった頂点に、ようやく手が届きました。報道によると、森はその後も競技への意欲を示しており、2026年は再び上位大会を目指すシーズンとなっています。
【森且行の現在2026年最新】川口オートでの活動と選手成績
2026年10月26日時点で森且行は52歳。現役オートレーサーとして競技を続けています。選手としての所属は川口で、川口オートレース場がホームバンクです。ただし、オートレースは開催場を移動して出走する競技のため、川口だけで走っているわけではありません。
オッズパークの選手成績に掲載された2026年10月21日時点のデータでは、森の現行ランクはS-35、通算1着回数は755勝、通算優勝回数は33回となっています。これらは同じ時点の選手記録に基づく数字であり、過去の報道に掲載された通算成績と照らし合わせる場合は、更新日を確認することが大切です。
「現役を続けている」と「常に出走している」は別
森の近況を調べるときは、ニュース記事の公開日と実際の開催日を分けて確認する必要があります。選手の出場予定やランク、成績は開催ごとに変わります。ある記事に掲載された出場予定が、数週間後も有効とは限りません。
特に2026年は、8月の復帰後初優勝が大きなニュースとなりました。その後の状況を把握するには、最新の選手成績と、開催直前に発表される公式の出走表を照合するのが確実です。2026年10月21日時点の記録ではS-35に位置しており、競技者としての活動を継続していることが分かります。
また、森の評価を優勝回数だけで判断するのも十分ではありません。オートレースでは、レースのグレード、対戦相手、ハンデ、車両の状態、走路コンディションなどが結果に影響します。2020年のSG制覇はキャリアを象徴する実績ですが、2026年の復帰後初優勝も、長期離脱を経て競技の頂点を再び目指す過程で得た重要な結果です。
【情熱大陸・映画『約束のオーバル』】森且行の挑戦を知るための作品
森且行の歩みをより深く知りたい人には、テレビのドキュメンタリーや映画も参考になります。レースの結果だけでは分からない、事故後の生活、リハビリ、周囲の支え、本人が競技を続ける理由などを知る手がかりになるからです。
『情熱大陸』が追った復帰後の森且行
MBS『情熱大陸』は、2023年の復帰前後に森の療養と競技復帰への道のりを取り上げました。さらに2024年11月17日の放送では、復帰後の活動に焦点を当て、足に後遺症が残るなかで再び日本一を目指す姿を紹介しています。
番組で描かれたのは、単に事故から立ち直ったという物語ではありません。復帰できた後にも競技の厳しさは続き、上位ランクへの返り咲きや大会での結果を求める日々があります。森が再びレースに出場することと、競技者として勝ち続けることの間には、別の難しさがあるのです。
映画『オートレーサー森且行 約束のオーバル 劇場版』
ドキュメンタリー映画『オートレーサー森且行 約束のオーバル 劇場版』は、2024年11月29日に劇場公開されました。TBSが製作し、KADOKAWAが配給を担当した作品です。2023年のTBSドキュメンタリー映画祭で上映された作品に追加撮影映像を加えて再編集しています。
作品では、1996年のSMAP脱退から2020年のSG初優勝、2021年の落車事故、復帰に向けた手術とリハビリまでを追っています。森本人へのインタビューだけでなく、家族、レーサー仲間、担当医らの証言を通して、競技を続ける背景を描いているのが特徴です。
森の人生を知るうえで、この映画と『情熱大陸』は役割が異なります。映画は長い年月にわたる決断と療養の過程を追い、テレビ番組はその時点での活動や目標を伝えています。両方を見比べることで、SG初優勝だけでなく、その後の大けがや復帰後の挑戦までを一つの流れとして理解しやすくなります。
【プロの結論】森くんとSMAPの物語から分かる3つのこと
森且行の歩みを振り返ると、注目すべきなのはSMAPを辞めたという事実だけではありません。人気グループの一員であることと、自分が本当に目指したい職業を選ぶこと。その両方を簡単には両立できない状況で、森はオートレーサーへの道を選びました。
第一に、SMAP脱退の理由を不仲だけで説明するのは適切ではありません。公に語られてきた中心的な理由は、幼い頃からの夢だったオートレーサーへの転身です。脱退の際に周囲が驚いたことと、長年の仲間との関係が続いてきたことは、矛盾せずに成り立ちます。
第二に、2020年のSG優勝は、単なる知名度による話題ではありません。森は1997年にデビューしてから長い年月をかけ、競技者として経験を積み重ねてきました。2020年の優勝は、その努力が最高峰の大会で実を結んだ結果です。SMAP時代の約束という物語性が注目を集めた一方で、競技者としての実績そのものも評価する必要があります。
第三に、2021年の事故から2026年の復帰後初優勝までを一つの流れで捉えることが重要です。2023年に復帰戦で勝利したことと、2026年に復帰後初優勝を達成したことは、同じ意味ではありません。レースに戻ること、上位ランクに復帰すること、優勝することには、それぞれ異なるハードルがあります。
森の現在を知る際には、記事の公開日、選手データの更新日、公式発表の内容を確認することが判断基準になります。また、SMAPメンバーとの関係についても、実際に公開されたメッセージや祝福、番組での発言と、再結成などに関する期待を区別することが大切です。
【森くん SMAP】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:森且行はなぜSMAPを脱退したのですか? A1:幼い頃からの夢だったオートレーサーになるためです。1996年5月、22歳でグループを脱退し、1997年7月にオートレーサーとしてデビューしました。
Q2:森且行は2026年現在も現役ですか? A2:はい。2026年10月21日時点の選手成績では現行ランクS-35、通算755勝、通算優勝33回です。同年8月3日には、2021年の大けがから復帰後初となる優勝を達成しました。
Q3:森且行と中居正広をはじめとするSMAPメンバーは、現在もつながりがありますか? A3:脱退会見への中居の同席、2014年の森からの直筆メッセージ、2020年のSG初優勝時に寄せられたメンバーの祝福など、公に報じられた交流があります。ただし、個々の現在の連絡頻度や、6人での再結成が決まっているという事実は確認できません。
まとめ:森且行の現在とSMAPとの絆を正しく理解する
森且行は1996年、SMAPの人気が高まるなかで、幼い頃からの夢だったオートレーサーへの転身を決断しました。1997年のデビューから経験を重ね、2020年11月3日にSG日本選手権で初優勝。メンバーと交わした「お互い日本一になろう」という約束を果たした後、2021年の落車事故という大きな試練に直面しました。
2023年4月にレースへ復帰し、2024年にはS級に返り咲き、2026年8月には復帰後初優勝を達成。10月21日時点の選手データでも、現役選手として通算755勝を記録しています。
「森くん」という呼び名には、SMAP時代の思い出だけでなく、別々の道を歩みながら夢を追い続けてきた森と5人の関係が重なっています。今後の動向を追う際は、最新の選手成績や公式発表を確認しながら、アイドル時代の物語と、現在進行形のレーサーとしての実績の両方に目を向けたいところです。 (出典: 森 くん smap(Yahoo!ニュース))