平手友梨奈さんが欅坂46を脱退したのは、2020年1月23日。デビュー曲「サイレントマジョリティー」から8作連続でセンターを務めた絶対的エースの突然の発表は、多くのファンに衝撃を与えました。
気になるのは、なぜ「卒業」ではなく「脱退」だったのか、体調不良が理由だったのか、そして本人やメンバーは当時何を語っていたのかという点です。欅坂46の公式発表、TOKYO FM『SCHOOL OF LOCK!』での本人コメント、キャプテン菅井友香さんのインタビューをたどると、発表された事実と、脱退の背景として考えられる事情が見えてきます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:2020年1月23日の公式発表では、平手友梨奈さんの脱退理由は具体的に説明されていません。
- 要点2:本人はラジオで「今は話したいと思わない」と発言。菅井友香さんは、2017年の紅白歌合戦後には本人からグループを辞めたいという思いを聞いていたと明かしています。
- 要点3:体調不良やセンターとしての負担は当時の状況を考えるうえで重要ですが、公式に確定した脱退理由ではありません。2026年はソロアルバムの発売や日本武道館でのワンマンライブなど、個人名義での活動が続いています。
【結論】平手友梨奈の脱退理由は公式に明かされているのか
最初に結論を示すと、平手友梨奈さんが欅坂46を脱退した具体的な理由は、2020年1月23日の公式発表では明らかにされていません。本人も同日のラジオ番組で、理由や詳しい経緯を説明することは避けました。
欅坂46公式サイトが発表したのは、平手さんがグループを脱退すること、織田奈那さんと鈴本美愉さんが卒業すること、佐藤詩織さんが活動を一時休止することです。それぞれの発表には違いがありましたが、平手さんの脱退に至った個別の事情は記載されていません。
一方、脱退以前から平手さんには、体調不良や負傷によるライブ出演の見合わせがありました。また、長期間にわたってグループのセンターを務め、強い存在感を求められる立場にありました。こうした事情は当時の活動環境を理解する材料になります。
ただし、体調面の問題だけが脱退の原因だったと断定できる公式資料はありません。人間関係のトラブルや運営との対立が直接の理由だったとする説についても、本人が公式に認めた脱退理由として扱うことはできません。
つまり、脱退の事実は公式に発表されたものの、その理由の全容は公表されていないというのが、現在も確認できる基本的な事実です。
【2020年1月23日】本人コメントと『SCHOOL OF LOCK!』での発言
2020年1月23日、欅坂46の公式サイトで平手さんの脱退が発表されました。同日夜、平手さんはTOKYO FMのラジオ番組『SCHOOL OF LOCK!』内の「GIRLS LOCKS!」に出演し、自身の口からグループを離れることを報告しました。
このとき、平手さんは脱退について、次のように話しています。
「その件については今は話したいと思わないので、いつか自分が話したいと思ったときに、どこか機会があればお話しさせていただこうかなと思っております」
この発言は、当時の日刊スポーツ、マイナビニュース、MANTANWEBなどの報道でも伝えられました。
重要なのは、平手さんが脱退そのものを否定したわけでも、具体的な原因を一つ挙げたわけでもないことです。本人はグループを離れる事実を伝えたうえで、詳細についてはその時点で話さないという姿勢を示しました。
発表当日の放送では、欅坂46の楽曲「黒い羊」が流れた後、平手さんはリスナーに向けて、また明るく会おうという趣旨の言葉を残して番組を締めくくっています。
脱退発表という大きな節目でありながら、本人の説明は限られたものでした。そのため、ファンの間で「なぜ辞めるのか」「何があったのか」という疑問が残り、さまざまな解釈が広がることになりました。
ただし、「今は話したくない」という言葉から、特定の人物との確執や運営との対立を読み取ることはできません。発言が示しているのは、あくまで当時、本人が詳細を語ることを望んでいなかったという点です。
【時系列で検証】平手友梨奈の脱退までの経緯
脱退の背景を理解するには、2020年1月の発表だけを見るのではなく、それ以前の活動も振り返る必要があります。欅坂46の公式発表や、当時の報道、菅井友香さんのインタビューから確認できる主な出来事を整理しました。
| 時期 | 出来事 | 脱退理由との関係 |
|---|---|---|
| 2015年8月 | 欅坂46の1期生オーディションに合格 | グループ活動の出発点 |
| 2016年4月 | 「サイレントマジョリティー」でデビュー | 初期からセンターとして注目を集める |
| 2017年末 | 紅白歌合戦でのパフォーマンス後、菅井友香さんが平手さんの退団意向を聞いたと後に証言 | 脱退を考える思いが以前から存在していた可能性を示す |
| 2018年12月 | 腰部や手首の負傷に関する診断を公表し、治療に専念 | 身体面の負担が公に確認された時期 |
| 2019年8月 | 右ひじの負傷により全国アリーナツアーの出演を見合わせ | パフォーマンス活動に影響が生じていた |
| 2019年9月 | 東京ドーム公演に出演 | 脱退発表前もグループでの活動を続けていた |
| 2020年1月23日 | 平手さんの脱退、織田奈那さん・鈴本美愉さんの卒業、佐藤詩織さんの活動一時休止を発表 | 脱退が正式に公表された日 |
| 2022年12月 | HYBE JAPANの新レーベルNAECOへの所属を発表 | 個人名義での活動を進める新たな段階 |
| 2024年8月 | NAECOとの専属契約終了を発表 | マネジメント環境が変化 |
| 2026年6〜8月 | ソロ初のアルバム発売、日本武道館でのワンマンライブを実施 | ソロアーティストとして活動を継続 |
この年表で注目したいのは、脱退が発表される前から、平手さんの活動にはいくつもの転機があったことです。とくに2017年末の紅白歌合戦後に関する菅井さんの証言は、脱退の経緯を考えるうえで重要な手掛かりになります。
ただし、2017年に辞めたいという思いがあったことと、2020年の脱退理由が完全に同じだったことは別問題です。本人の意思が時間とともにどう変化したのか、最終的に何を決め手としたのかまでは、公開された情報だけでは確定できません。
【体調不良と活動休止】身体の問題が脱退の原因だったのか
平手さんの脱退理由を調べる際、しばしば注目されるのが体調不良や負傷です。実際、欅坂46の公式サイトには、脱退以前に身体の状態やライブ出演に関する発表が掲載されています。
2017年8月には、全国ツアーの愛知公演を体調不良のため欠席しました。2018年12月には、以前から身体の調子が優れない状態が続いていたとして、精密検査の結果を公表。腰部打撲や左仙腸関節捻挫による仙腸関節不安定症、両手関節捻挫による遠位橈尺関節痛と診断され、ダンスパフォーマンスができない状況から治療に専念すると発表されました。
さらに2019年8月には、活動中に右ひじを負傷したため、全国アリーナツアーへの出演を見合わせています。これらは公式発表で確認できる事実であり、平手さんが身体面の問題を抱えながら活動していた時期があったことは明らかです。
一方で、負傷や体調不良による活動制限と、2020年の脱退決定を直接結び付ける公式説明はありません。2019年9月には東京ドーム公演に出演しており、脱退発表の直前までグループでのパフォーマンスを続けていました。
そのため、「体調不良が脱退の唯一の理由だった」とする見方も、「体調面は一切関係なかった」とする見方も、公開情報だけでは裏付けられません。
より慎重に捉えるなら、身体の問題は当時の活動環境を理解するための重要な背景です。しかし、本人が脱退の決定理由として明言していない以上、それを確定的な原因として扱うことはできません。
【菅井友香の証言】平手友梨奈はいつから脱退を考えていたのか
脱退までの経緯を知るうえで、元欅坂46キャプテンの菅井友香さんが2020年3月にシネマトゥデイのインタビューで語った内容は、重要な手掛かりです。
菅井さんはドキュメンタリー映画『僕たちの嘘と真実 DOCUMENTARY of 欅坂46』に関連したインタビューで、平手さんから「グループを辞めたい」という思いを初めて聞いたのは、2017年の紅白歌合戦の後だったと明かしました。
菅井さんは当時、長くセンターを務めてきた平手さんがグループからいなくなることを受け入れがたく、一緒に欅坂46を続けたいという気持ちを抱いていたと振り返っています。そのうえで、今になって考えると、自分が彼女にすがるような気持ちを持ったことが、さらに苦しめる結果になったのかもしれないという趣旨の反省も語りました。
この証言から読み取れるのは、脱退が2020年1月に突然生まれた考えだったとは限らないということです。少なくとも菅井さんの記憶では、平手さんがグループを離れたいという意思を示したのは、それより約2年前でした。
ただし、菅井さんの証言は、平手さん本人が2020年の脱退理由を説明したものではありません。辞めたいと思った時期についての証言と、最終的な決断に至った直接の原因は、分けて考える必要があります。
同じインタビューでは、菅井さんが平手さんと食事をした際、グループで実現したいことやライブ演出のアイデアについて話していたことも明かされています。少なくとも菅井さんの回想からは、平手さんがグループの活動や表現について積極的な考えを持っていた様子もうかがえます。
こうした証言は、脱退を単純な不仲や一時的な体調不良だけで説明することの難しさを示しています。長い時間をかけて本人の意思が形成されていった可能性はありますが、その内訳を断定できるだけの説明は公表されていません。
【卒業ではなく脱退】なぜ平手友梨奈だけ表現が違ったのか
2020年1月23日の発表で目を引いたのが、平手さんには「脱退」、織田奈那さんと鈴本美愉さんには「卒業」という言葉が使われたことです。同じ日にグループを離れるメンバーが複数発表されたにもかかわらず、表現が分けられていました。
当時の日刊スポーツなどの報道では、平手さん本人の意思を尊重し、「卒業」ではなく「脱退」という表現を用いたと伝えられています。したがって、少なくとも当時の報道に基づけば、言葉の違いには本人の意向が反映されていたと考えられます。
一般に「卒業」は、グループでの活動を一区切りとし、次の段階へ進むという意味合いで使われることがあります。一方、「脱退」は、所属していた集団から離れることを直接的に示す表現です。ただし、芸能界全体で厳密に統一された定義があるわけではありません。
ここで注意したいのは、「脱退」という言葉が使われたことだけで、運営との対立やメンバー間の確執があったと結論付けることはできないという点です。表現の選択は確認できても、その言葉に込められた本人の細かな意図までは、公式に詳しく説明されていません。
また、織田さんと鈴本さんの卒業、佐藤さんの活動一時休止も同日に発表されました。複数のメンバーに関する発表が重なったことから、グループ全体の転換期として大きな注目を集めましたが、4人の事情がすべて同じだったことを意味するわけではありません。
平手さんの脱退を理解するうえでは、ほかのメンバーの動向と切り分け、本人の意思や発言、活動履歴に焦点を当てることが大切です。
【2026年最新】平手友梨奈の現在とソロ活動
欅坂46を離れた平手さんは、俳優やソロアーティストとして活動の幅を広げてきました。2020年以降は映画やドラマへの出演を重ね、2022年12月にはHYBE JAPANが設立したレーベルNAECOへの所属を発表。その後、2024年8月にNAECOとの専属契約終了が公表されました。
2026年現在は、株式会社クラウドナインのアーティスト情報やユニバーサル ミュージック ジャパンの公式情報から、音楽活動の動きを確認できます。
2026年6月3日には、ソロ初のアルバム『無表情な表情』を発売。同年4月には、テレビアニメ『マリッジトキシン』のオープニング主題歌となる新曲「Kill or Kiss」を配信しました。
さらに、2026年8月20日には日本武道館でワンマンライブ「アナタタチノカルテ」を開催。TBSチャンネルの発表によると、これは2025年8月のZepp DiverCity(TOKYO)公演に続く、ソロアーティストとして2度目のワンマンライブでした。公演の模様は同年9月27日にテレビ放送されました。
一方、2026年9月にはXMF 2026(Xnterstellar Music Festival 2026)への出演キャンセルも公式に告知されています。個別の出演予定には変更が生じることもありますが、アルバム発売や武道館公演など、ソロ名義での活動実績が確認できる状況です。
これらの活動を踏まえると、2020年の脱退は芸能活動そのものを終える決断ではなく、欅坂46というグループを離れた後も、個人として表現を続ける転機だったことが分かります。
ただし、現在ソロで活動しているという事実が、当時の脱退理由を直接説明するわけではありません。2026年の活動状況と、2020年にグループを離れた動機は、別々の事実として捉える必要があります。
【平手友梨奈脱退理由】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:平手友梨奈の脱退理由は公式に発表されていますか?
A1:2020年1月23日の欅坂46公式発表では、脱退の事実は公表されましたが、具体的な理由は説明されていません。本人も同日の『SCHOOL OF LOCK!』で、今は詳しく話したくないという趣旨のコメントをしています。
Q2:平手友梨奈は体調不良が原因で脱退したのですか?
A2:2017年の体調不良による公演欠席や、2018年の治療専念、2019年の右ひじの負傷は公式発表で確認できます。ただし、これらが脱退の直接的な原因だったとする公式説明はありません。
Q3:菅井友香は平手友梨奈の脱退について何を語りましたか?
A3:2020年のインタビューで、菅井さんは平手さんからグループを辞めたいという思いを初めて聞いたのは2017年の紅白歌合戦後だったと振り返っています。ただし、これは菅井さんの証言であり、脱退の最終的な理由をすべて説明するものではありません。
Q4:平手友梨奈はなぜ「卒業」ではなく「脱退」だったのですか?
A4:当時の日刊スポーツなどの報道では、本人の意思を尊重して「脱退」という言葉を用いたと伝えられています。ただし、その言葉を選んだ細かな理由や意図について、本人から詳しい説明は公表されていません。
Q5:平手友梨奈は2026年現在、何をしていますか?
A5:2026年6月にソロ初のアルバム『無表情な表情』を発売し、8月には日本武道館でワンマンライブ「アナタタチノカルテ」を開催しました。音楽を中心にソロアーティストとしての活動を続けています。
まとめ:平手友梨奈の脱退理由を理解するために知っておきたいこと
平手友梨奈さんの脱退について、公式発表、本人のラジオ発言、菅井友香さんの証言、当時の活動履歴を整理すると、確実に分かることと、現在も明らかになっていないことが見えてきます。
2020年1月23日に欅坂46を脱退したこと、本人が当時は理由を詳しく語らなかったこと、そして菅井さんが2017年の紅白歌合戦後に本人の退団意向を聞いていたことは、公開情報から確認できます。
体調不良や負傷、センターとしての重圧は脱退の背景を考えるうえで重要です。しかし、それらのうち何が最終的な決断につながったのか、あるいは複数の事情が重なったのかは、本人から具体的に説明されていません。
また、脱退後の平手さんは俳優業に取り組み、ソロアーティストとして音楽活動を継続。2026年には初のソロアルバムと日本武道館公演という節目を迎えています。
平手友梨奈の脱退理由をめぐる最大のポイントは、「理由が公式に説明されていないこと」と「脱退に至るまでの経緯には複数の手掛かりがあること」を区別することです。本人の発言と信頼できる証言を基に経緯を理解することが、憶測に左右されず、彼女の選択とその後の歩みを正しく捉えるための判断基準になります。 (出典: 平手 友 梨奈 脱退 理由(Yahoo!ニュース))